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イスラエルの人々よ/主がお前たちに告げられた言葉を聞け。――わたしがエジプトの地から導き上った/全部族に対して―― 地上の全部族の中からわたしが選んだのは/お前たちだけだ。それゆえ、わたしはお前たちを/すべての罪のゆえに罰する。
(アモス書3章 1節〜2節)
 イエフは権力を握るとすぐに、アハブの家の者たちや重臣たちを残らず成敗して彼の支配を一掃しました。また、バアルに仕える祭司たちを祭礼をする為と偽って集め、バアルの神殿もろとも滅ぼしてしまいました。
 しかし、イエフは心を尽くしてイスラエルの神、主の律法に従って歩もうとはしませんでした。しかもイエフは今までの報復のために政治組織を覆してしまった為、イスラエル王国の力は弱り瀕死の状態になってしまいました。
 アラムの王ハザエルはその隙に付け込み、すかさず攻めて来ました。ヨルダンの東でイスラエル軍を討ち負かし、ラモト・ギレアド、王の道、モアブ、ヨルダンの西と次々と攻略を重ね、とうとうイスラエルを包囲してしまいました。
 しかし、新しくアッシリア帝国が勢力を広げ始め、ハザエルの息子ベン・ハダト二世が治めていたアラムを包囲してしまいます。アッシリア軍は残虐で、女、子供も容赦なく引き裂きました。槍使いと射手を馬に乗せ、走りながら攻撃を仕掛ける大騎兵隊を組織して、スピードのある攻撃をしました。また大車輪を付けた、巨大な戦車を作り戦車の上から大人数で攻撃を仕掛けました。アッシリア軍は怒り狂った雄牛のように畑を踏みつけ、その犠牲者をぼろぼろになるまで突き、ふりまわしました。その攻撃に町々は簡単に降伏しダマスコの城壁も破られ、アラムはアッシリヤに屈してしまいました。
  イスラエルは攻略されない為にアッシリヤに年貢を納めるようになり、戦を免れたので反対に国力を回復しつつありました。イエフが亡くなって30年後、ヤブロアム二世が国を治めていました。彼は狡猾で教育があったため、他国との力のバランスを上手に保ちイスラエルは平安と繁栄を享受しておりました。人口は増大し、商業も栄え、イスラエルの民は神が自分たちを認めてくれたせいだと考え、黄金の子牛を祭ってある神殿からは、毎日のように捧げものを焼けつくすかぐわしい香りが立ち上り、リュートや琴、弦楽器、笛、そして華やかな音を添えるシンバルが賑やかで美しい音楽を奏でておりました。
 
 さて、エルサレム南方のテコア地方にアモスという羊飼いがおり、彼は北王国イスラエルが物質におぼれ、神の精神を忘れたことに対して、激しく怒り主の正義を獅子のように叫び続けておりました。アモスは平凡なな男でしたが、権力の推移や、民族の気質を良く理解し、大きな目で世界を眺めることの出来る人でした。アモスの目にはアッシリアは神の偉大なる計画の元に動いているように感じられ、イスラエルの人々は再び神に忠実にならなければ、今までの罪の報いとしてアッシリアに攻め込まれると考えておりました。アモスは預言者になりたいとは思いませんでした、というのもその当時の預言者は託宣に対して多額の料金をむさぼり取っていたからです。
 ある日、アモスが地面へ目を落とすと、丁度イナゴが卵から孵るところでした。すると主はその幼虫を見る間に成虫にさせ、群がって空中へ飛び出しました。イナゴは土地に生えるあらゆる緑の草を食いつくしてしまいました。アモスはすぐに預言を理解し、主に向かって叫びました。
 「ああ、主なる神よ。イスラエルをどうかお許し下さい。お許しにならなければ、どうしてイスラエル人たちは再び立つことができるでしょう。」
主はアモスの言葉に、思い直されて
 「このことは起こらないであろう」
とお答えになりました。しかし、イスラエルの人々はアモスの警告に全く耳を貸さず、贅沢三昧な暮らしを続けておりました。
 主はまた、アモスに幻を送られました。主が「下げ振り」を持って城壁に上に立っておられました。
 「見なさい。私はわが民、イスラエルの真ん中に「下げ振り」を振り下ろす。私は再び彼らを顧みるとこはない。」
今回はアモスは主に慈悲をすがることが出来ませんでした。さらに主は
 「彼らの聖なる高台は荒れ果て、聖所は石の廃墟に変わる。私は剣で彼らの王を殺す」
と、告げられました。
 それを聞いたアモスは主から促されたように、丸い身体に革の上着を着け羊の群れとイチジク桑を置き去りにして、いやいやながらも北のベテルへと旅立ちました。アモスはベテルに着くと旅で疲れた重たい足を引きずりながらも、一番高い丘に建てられた祭壇へ向かいました。丁度その時、一番高い位の祭司アマツヤが白い煙を立ち上らせ、捧げ物の儀式をしておりました。すると主は、アモスの口を通して
 「わたしはあななたちの捧げ物を憎み、軽蔑する。あなたたちの祭りを喜ばない」
と発せられました。
アモスは衛兵に取り囲まれ、引きずられて小さな小部屋に連れていかれました。そこで祭司アマツヤは
 「私たちはここでモーセが命じた総ての儀式をしっかり守っている。ここは王の聖所だから二度と邪な預言をしてはならない。今私は王におまえが反逆者だと報告した。捕まる前に、ユダの国へ逃れて行け、そこで預言するがよい。」


 しかし、アモスは動こうとせずベテルでの預言活動を続けました。
 「私は、預言者ではない。家畜を飼いイチジク桑を栽培する者なのだ。主が家畜の群れを追っていた私を取り上げ、『行って、わがイスラエルに私の言葉を伝えよ』と言われたから、
私はそのようにしているのだ。」 アモスが活動したのは極めて短い期間であったといいます。しかしアモスは、預言の内容が文書となった預言者の最初の人だと言われています。

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