August





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人々は走って行き、そこから彼を連れて来た。サウルが民の真ん中に立つと、民のだれよりも肩から上の分だけ背が高かった。サムエルは民全体に言った。「見るがいい、主が選ばれたこの人を。民のうちで彼に及ぶ者はいない。」民は全員、喜び叫んで言った。「王様万歳。」
(サムエル記上10章 23〜24節)

 イスラエル人とペリシテ人の戦いは絶えることがなく、イスラエルの秩序は乱れ、またサムエル自身も年老いていました。イスラエルの人々はサムエルに今までとは全く違った指導者を求めました。他の国々が君主による統治のもとで繁栄していたからです。
 「あなたは年老いました。我々にも、ほかの国々のように我々を裁く王を立てて下さい。」
サムエルにとって、この要求は自らの信念に反するものでした。神様の他に王を求めるなどということは神への冒涜以外何ものでもなかったからです。
サムエルは神様に聞きました。すると神様は
「民の声に聞き従いなさい。私を忘れた彼らを深く戒め、彼らを治める王のならわしを彼らに示しなさい」
と言われました。また
「あなたのもとにベニヤミン族の一人の男を遣わす。その人がイスラエルの王となり民を導いてペリシテ人を打つであろう」
というお告げもありました。
 さて翌日サムエルはラマというところに生贄を捧げるために赴きました。そこへベニヤミン族のサウルという若者が、いなくなった父のロバを預言者サムエルが見つけ出してくれるだろうと人に聞き、やってきました。サムエルは、この長身の美少年が自分に近づいて来るのを見て、彼こそ神が王に選んだ人物だとすぐに判りました。サムエルはサウルと食事を共にし、その夜はサムエルの家に彼を泊まらせました。そして、翌日の夜明け前に彼を起こし、一緒に町外れまで行きそこで「暫くここにとどまっていなさい。あなたに神の言葉を知らせましょう」と言いました。
 そしてサムエルは油の瓶を取り、サウルの頭に注ぎ、口付けして言いました。
「主はあなたに油を注いで、イスラエルの民の王となさいました。あなたは主の民を治め周囲の敵の手から彼らを救わなければなりません」
この聖別の油は良質のオリーブ油に香料の植物と香水を混ぜたものが使用されました。サムエルは伝統にのっとってサウルを聖別することにより、イスラエルの人々に自分が神の意思を実行していることを知らしめたのです。
 サムエルはミツバにおいて主の民を集め言いました。
「あなたがたは我々の間に王を立てよと言う。それゆえ今、あなたがたは部族に従い、また氏族に従って、主の前に出なさい」
こうしてサムエルがイスラエルのすべての部族を呼びよせ、くじを引かせると、ベニヤミン族がくじに当たりました。次にベニヤミン族がその氏族に従ってくじを引くとマテリの氏族がくじに当たり、マテリの氏族でくじを引くとキシの子サウルがくじに当たりました。そこで人々はサウルを捜したのですが、彼は荷物の陰に隠れていました。人々は彼をそこから連れ出して民の中に立たせました。彼は他の民よりも一回りも大きく、肩より上が出ていたということです。サムエルはすべての民に言いました。
 「主が選ばれた人をごらんなさい。主はあなたがたの上に王を立てられた」
イスラエルの民はこぞって「王様万歳!」と叫び喜びました。
 こうしてサウルがイスラエルの最初の王となりました。やがてサウルは指導者としての真価を発揮します。イスラエルの軍隊を結集させ、ヨルダン川の東ヤベシ・ギレアドを包囲した敵を討ち破ったのです。しかしサウルは周りの全ての敵=モアブ人、アンモン人、エドム人、ツォバの王たち、更にはペリシテ人とも戦わなければなりませんでした。サウルは勇敢な戦士とみると皆召し抱えたので軍は大きく強くなり、力をふるい、それらの国々をことごとく滅ぼしました。中でもサウルの息子ヨナタンは勇敢にも600人ほどの供を連れて切り立った崖から敵陣に攻め上りました。不意を衝かれたペリシテ軍は動揺し、恐怖におののきました。この大混乱を見て、ペリシテ側についていたヘブライ人や山地に身を隠していたイスラエル軍が戦闘に加わりイスラエルは大勝利を治めたのです。
 
 しかしサムエルは神の意思がどのようにしたら統治に繁栄されるかを慮り、「預言者」という地位を設立します。軍を統率する王は直接神から指図を受けるのではなく、預言者を通じて受けることになったのです。これがサウルとサムエルの対立に繋がってしまいます。
 サムエルは主の預言者の立場から、ミクマスにおける対ペリシテ人の大戦闘に先立ち、軍勢をギルガルに結集して7日間その地で待機するようにサウルに命じました。しかし、サウル王と兵たちは待ちくたびれ、7日間経ってもサムエルが来なかったので、サウル王が自分で生贄の儀式を捧げてしまいました。サムエルはサウルの不服従を強く叱責し、ただちにギルガルを去ってしまいました。
 
 また、アマレク人との戦いに於いても、サウル王はサムエルの命を聞かずにアマレク王アガグの助命を勝手に行い、しかもアマレク人の最良の家畜を戦利品として持ち帰ってしまいました。この違反行為を知ったサムエルは怒りに満ち、サウルへの支持を撤回し、二度とサウル王の前に姿を現すことはありませんでした。
 それ以後のサウル王の運命は急転して悲惨なものとなっていきます。
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