August

 

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話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。シモンは、「先生わたしたちは夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」と答えた。そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。
                  (ルカによる福音書5章4節〜6節)

 回りを海に囲まれた私たちの国、日本では魚は馴染みの深い無くてはならない生き物ですね。
 魚は脊椎動物、つまり背骨をもった動物の仲間です。魚類は脊椎動物の中で最初に地球上に現れたグループです。もしかすると、魚は人間の遠い祖先(?)なのかも知れませんね。魚類は他の脊椎動物と異なる特徴をもっています。一生を通じて鰭(ひれ)をもち、鰓(えら)で呼吸するのが魚類の特徴です。
 魚類は現在、地球上に27,000種います。日本周辺には、およそ4,000種が棲んでいます。魚類は海水、淡水を問わず、水のある所ならどこにでも現れます。地球表面の70%をおおう海では沿岸からはるか沖合の大洋の真ん中や8000 mの深海まで、魚がいない場所はありません。陸では川や湖はもちろんのこと、地下水や温泉、そして高山の湖や砂漠の水たまりにも魚はすんでいます。
 哺乳類や鳥類では新種が見つかることは滅多にありませんが、魚類の新種は毎年たくさん報告されています。日本周辺からも毎年、数種の新種が報告されています。また、新種ではなくても、日本から初めて見つかったという魚が毎年15種くらい報告されています。つまり、魚類の分類はまだまだ発展途上なのです。
    
 では聖書では魚はどんな風に描かれているのでしょうか。レビ記11章9節に「水中の魚類のうち、ひれ、うろこのあるものは、海のものでも、川のものでもすべて食べてよい。」とありますが、聖書に書かれている時代の人たちは「ひれとうろこ」を持つか持たないかで魚を区別していたようです。今でもユダヤ教の人々は「ひれとうろこ」のない魚は口にしないのだそうです。

ペテロの魚
(撮影:N兄)
 ある日、カペナウムという所に大勢の人たちが、イエスさまのお話を聞きに集まってきました。イエスさまは、ゲネサレ湖(今のガリラヤ湖)のそばで、お話なさいました。イエスさまは最初は、大体ガリラヤ湖の周辺で活動されました。ガリラヤ湖周辺に住んでいた人々は、たいていは素朴で貧しい民衆でした。この当時は、ローマ帝国の支配にあり、重税に苦しんだり、いろいろな圧迫がありましたが、それらは、エルサレムのような大都会よりも、周辺の貧しい町々にその負担が重くのしかかっていました。そのような中で、これらの群衆は、イエスさまの教えを聞くことに非常に熱心でした。彼らは、生活が楽になることよりも、また外国の圧迫から逃れることよりも、神の言葉を求めたのでした。それは、イエスさまの言葉を聞いて、神のみ言葉が、本当の救いであり、真の喜びであるということを実感したからでしょう。
 その時、湖の岸近くに二艘の舟が浮かんでおりました。一艘はシモン・ペテロとアンデレのもの、もう一艘はヤコブとヨハネのものでした。四人は、ゆうべ夜通し働いたのですが、魚は一匹も取れませんでした。それで、舟を岸につけて網を洗っておりました。きっと夜になったら、も一度舟を出すつもりなのでしょう。
イエスさまは、四人に近づき、ペテロに、
「舟を少し出してください。」
と、おっしゃいました。ペテロはすぐにイエスさまをお乗せして、舟を少し岸から離しました。イエスさまはこの舟の中から、岸にいる大勢の人たちに向かってお話をなさいました。イエスさまはその日、漁師が魚を取るのと同じようなことをなさいました。イエスさまを救い主として信じる人たちを、一度に沢山お救いになったのです。イエスさまが救いの網をお広げになれば、いつも大漁です。
やがて、イエスさまはお話をやめて、みんなを家に帰しました。 
それから、シモン・ペテロに向かって、
「舟を深い所まで漕いで行って、網を降ろしなさい。」
と、おっしゃいました。ペテロは驚いて、目をぱちくりしていました。夕べ一晩中かかっても一匹も取れなかったのに、どうしてこんな明るい時に取れるでしょうか。でも、ペテロは、イエスさまがおっしゃるとおりにしました。
「イエスさま、私たちは、夕べ夜通し働いたのですが、一匹も取れませんでした。でも、おっしゃるとおりに網を降ろしてみましょう。」
すると、どうしたことでしょう。舟の回りは、みるみるうちに魚でいっぱいになりました。
岸に上かってからも、ペテロはまだ夢のような気持ちでした。どうしてこんなに沢山の魚が、一度に取れたのでしょう。答えは一つです。イエスさまが魚を取れるようにしてくださったからです。
ペテロはイエスさまの足もとにひれふして言いました。
「主よ、どうぞわたしから離れてください。わたしは罪深い者です。」
すると、イエスさまは、やさしくおっしゃいました。
「なにも恐れることはありません。これからは、人をとる漁師になりなさい。」
 ペテロはここで、人々を神の国に救い入れる漁師になりなさいとイエスさまに召されたのです。そこで彼らは船を陸に引き上げ、仕事も家もいっさいを捨ててイエスさまに従いました。しかも即座に従ったのです。
 私達もイエス・キリストによって、キリスト者として召されています。私達は、この呼びかけに従順に従っていきたいと思います。

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