カインは妻をえて、エノクを生みました。年老いていた父のアダムにも、殺されたアベルの代わりのようにして、セツが生まれました。彼らの子がまたつぎつぎに増えて、人間は地上にひろがりました。
しかし、人間がいくら数が増えても、神の望まれるような方向には向かわなかったのです。すでにアダムとエバがそうであり、カインがそうであったように。そこでついには人間を創造したことを神は後悔され、大洪水を起こしてこれを一掃し、新しくやりなおすことにされたのでした。神は人間だけでなく、あらゆる生物を地上から一掃される決心をされたのですが、ノアという一人の老人に目をとめられました。ノアはセツの子孫ですが、当時ただひとり神の教えを守って、清らかな生活を送っていたのです。彼にはセム、ハム、ヤペテという三人の息子がありました。神は彼のところへ行って言われました。
「人間があまりに悪いことばかりするので、わたしは全部滅ぼすことにしたが、お前だけは生き残って、新しい人類の祖になってほしい。わたしはまもなく大洪水を起こすが、お前は糸杉の木で大きな箱舟を作って乗りこむのだ。妻や息子たちをつれ、鳥や獣も一つがいずつつれて二年間の食料を用意してな。」
そう言って、神はその舟の作り方まで指図されましたが、長さは150メートル、幅は25メートル、しかも三階作りという途方もなく大きいものでした。
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箱舟が出来上がると、七日目にはいよいよ大雨がふりだし、40日40夜続きました。ノアとその家族たち、全ての動物たちは、舟に乗りこんで入口をしっかりとしめ、あらゆる隙間をアスファルトで塗りかためました。この間に大地は水ばかりになり、高い山々も水底に沈んで、箱舟に入れられなかった人や動物はすべて命を落としてしまいました。
雨はようやく止みましたが、水は長い間少しも引きませんでした。舟の中にとじこめられていた人間も、いろんな動物たちもしだいに弱ってきました。雨が降りはじめてから、もう150日もたっていたからです。ノアと家族の者は熱心に神の助けを祈りました。とうとう神はその祈りをきかれて、水の上に風を吹き送られ、それにつれて水が引き始め、高い山の頂きが水の上にあらわれてきました。
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それでもまだ、あたりは一面の水で、とても人や動物が住めそうにはありません。ノアはもう40日待って、「もうそろそろいいかな」と、様子をさぐるために窓をあけて、一羽のカラスを放してみました。カラスはどこかに足をつける場所がないかと、あちこち飛び回りましたが、それが見つからないため、悲しげに鳴きながら舟に舞いもどってきました。それから一週間して、ノアはこんどは鳩を放してみましたが、鳩は虚しく舞いもどってきました。それからまた一週間して、もう一度鳩を放してやると、こんどは鳩は一枚のオリーブの葉をくわえてもどってきました。いよいよ水が引いて、野山に緑がもどってきたのです。もう一週間して、もう一度鳩を放してみると、鳩はどこかに住みついたのか、それきりもどってきませんでした。 |
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大洪水が起こって10ケ月目になると、大地はあらかた乾いたので、もう箱舟を出てよさそうにみえました。それでも信心ぶかいノアは、きっとその時がくれば神の指図があるものと思って、じーっと待っていました。
ついに神のお言葉がきこえました。
「ノアよ、もう妻や子供を連れて箱舟を出てもよい。生きものたちも外へ出して、地上に増えて広がるようにしてやりなさい。」
ノアは喜び勇んで箱舟を出、鳥や獣を野に出してやりました。彼はさっそくそこに祭壇を築くと、供え物をして神に感謝を捧げました。神はノアの心がけを祝福してこう言われました。
「生めよ、ふえよ、地に満ちよ。わたしは二度と人間たちを滅ぽすことをしない。」
そして、その約束のしるしに、空に美しい虹をかけられたのです。 |
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洪水の後ノアの箱舟が漂着した山ということになっているアララト山は、トルコの東の端、イランとの国境近くにそびえています。夏でも山頂に雪を被った海抜5156mの山です。19世紀以来実際にノアの箱舟を探すための遠征や調査が何度か行われたようです。近郊の山でも箱舟の跡と言われる場所があって船の形をした地形が観光名所になっています。
また、バビロニアから出た、粘土板の楔形文字から「船内にすべての生き物の種を乗せよ」という1行が現存するそうです。このバビロニアの洪水伝説にはノアのこの物語と類似する点が多くあり、聖書の物語の史実性の証拠となると考えられています。 |