今月の特集題
  主の光に照らされて

イースター




日々再生
奥田 尚子
 私は、高校2年生になる春、イースターに、金沢教会(元石浦教会)で受洗しました。北陸学院附属幼稚園に通い、中学部高等学部へ進学し、感受性の高い時期を学校と教会で、素晴らしい先生方より道を教えられ、育てられました。
 先生の勧めに素直に従って受洗したとき、イエス様にしっかりと捕らえられた喜びを感じて、世界中が光かがやいて見えたのを覚えています。当時は知識としては本当に貧しいものでしたが、本質はしっかり意識の中に浸透していたと思います。
 当時、次姉は女学校卒業後ドレメスクールに通っており、金沢カトリック教会の信者になっていました。「本当のキリスト教はカトリックだよ」とよく聞かされました。
 しかし私は、この俗世の中で、キリストを着て生活するのが大切だと思い、その誘いに乗りませんでした。
 姉はその後、修道女になり、後ブラジルへ渡り、帰化してその地に骨を埋めました。
 先年、フランスのモン・サン・ミッシェル修道院を訪れたとき、死者の葬りの石室を見学しました。「姉は家族のみとりもなく、こうして葬られたのだ・・・」としみじみと肌で感じました。
 現在私は、心優しい娘と婿と息子と孫に支えられ、教会の皆様から日々の活力を戴いて生きています。
 東京で就職した時は、母教会の牧師の紹介状を携えて、経堂北教会へ足を運び、その後越谷教会へ転会しました。当時長尾丁郎牧師は御存命でしたが、夫の転勤のため大阪に4年間滞在する間に召天され、再び越谷に戻った時は、小海牧師の代になっていました。
 この66年間は、転居や育児のため教会に通えない時期もありましたが、常にイエス様は共に居て導いてくださいます。転落の危機にあるときは、イエス様は寸前に救いの手を伸べて助けてくださいます。
 言葉を連ねて祈れないとき、しずかに黙想し邪念を避け、自分自身にささやく声を排除し、ひたすら沈黙の中に己を没入しているとき、言葉に言い表せない祈りを、イエス様は聴いていてくださるのを感じます。
 聖書の御言葉は常に新鮮で、昔十分理解できなかったことが、深く読み取れることがしばしばあり、その広さ深さに目を奪われています。
 現在の日常は、夕方のガス欠が始まるとドリンク剤やコーヒーの力を借りて、夕食の準備のためにひとふんばり! 翌朝は元気に再生しています。
 未来は予想通りのこともあり、想定外の事柄もたくさん起こります。そのとき、そのとき、御心に従って行きたいと思って居ます。       
(おくだ ひさこ)


イースターと自分
御園生滋彦
 自分は、小学校四年生からハンドベルクワイアに所属しています。小学4年から高校3年までは学校のチームに、現在は社会人のチームにいます。毎週土曜日、六本木のルーテル教会で練習しています。当然のことながらクリスマスの時期が繁忙期で、最近は商業施設でのイルミネーションに呼ばれることや教会の演奏奉仕と引っ張りだこです。
 そのため、イースターは毎年六本木ルーテル教会で演奏して過ごしています。イースターの曲として Hymn to Promise (讃美歌21 575番)を演奏します。「球根の中には」として日本ではおなじみです。もともとはアメリカ発祥の讃美歌で、オバマ元大統領の時、大統領候補のジョン・エドワース氏の“愛唱歌としても有名です。歌詞は、『寒い冬の中 春はめざめる その日、その時をただ神が知る』や『過ぎ去った時が 未来を拓く。その日、その時を ただ神が知る』と「何事にも希望があり、その時を神様がしつらえて下さる」とメッセージが込められています。自分は3番の歌詞のはじめ「いのちの終わりは いのちの始め」のフレーズが印象に残っています。終わりが始めであること、矛盾めいてはいるものの神秘性を感じられます。
 大学2年の夏が始まるとき、大好きだった母方の祖父が旅立ちました。突然のことだったため、祖母や母は受け止められず、悲しみに暮れていました。そして夏が終わる頃、四十九日の法要で、祖父のことを慕っていた人たちや今まで年賀状だけの仲の親戚も集まりました。お互いのこと、祖父について知り、これを機に親戚と連絡をとるようになりました。農業をしている親戚から野菜を送ってくれること、逆に来たときは案内する程に。祖父の死から親戚と繋がれた、まさに「終わりの始まり」と実感しています。
 ところで、「イースターおめでとうございます」 何がおめでたいのか全く分かりません。聴衆のせいでイエスキリストは磔刑されて、三日目で蘇ったことに「おめでたい」と感じたのですかね。そのことを知らずに、人々はおめでたく感じ、ウサギの耳をつけて卵をあげて、喜びに浸っている。意味をはき違えています。
 しかしどうやら調べてみると、違うところから生まれたようで、春の女神「エオストレ」のお祭りからイースターが生まれたようです。「春は新しい生命が宿り、生物が繁栄する季節」という概念が「イエスキリストの復活」と重なって、お祝いしていることがわかりました。おめでたいのです。
 自分は泣いても笑っても後一年で大学を卒業します。今は就職活動をしています。悔いのない自分なりの答えを出せればと思います。良いスタートをきりたいものです。イースターだけに。
(みそのう しげひこ)

越谷教会月報みつばさ2020年4月号特集
「イースター」より



特 集