今月の特集題 主の光に照らされて
主の光の中で御言葉を聞く
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清水 広幸 |
毎朝8時25分からの全校生徒礼拝が私の一日の始まりだ。生徒教職員合わせて約950名。講堂に響き渡る大きな賛美と主の祈り。最前列の私の指定席に早く着席して生徒入場を待つ。年間約170回、6年間で1000回を越える礼拝を守る。生徒らは今日の礼拝メッセージをどう受け止めて、礼拝から教室に送り出されるのか神様に祈り委ねる時間でもある。![]() 中高生は思春期真っ直中だ。生徒は自己の内面と向き合い、両親とのこと、仲間とのトラブル、将来の不安など実に沢山の課題を抱えている。それは今も昔も変わらない。しかし一つ違うのは「ものすごい情報量とスピード」だ。今は、あまりに早く結果を求め成長を期待し過ぎる。人の成長は簡単に割り切れないことばかりだ。人を数字だけで判断すべきでないし見るべきでない。生徒の成長は実に多様で実にゆっくりだったり特別だったりする。神様はこの生徒にどのような賜物を授けていたのか・・・と、後刻にわかることばかり。今すぐ???人の成長には時間が掛かる。「祈って待つこと」が必要だ。そこに教育の面白さと楽しみがある。大きな迷いと心底からの祈りで神様に問い掛ける時間が欲しい。「神様これで良いのですか?」と。礼拝の時間が神様との無限の語らいの時となりますように、そこで示された御言葉が彼らの人生と予測不能な時代を生き抜く道標になるようにと祈る。つたない者であるが一生懸命に言葉を紡ぎ、自分をして少しでも「教材」になればと願っている。私にとっての土台は越谷教会の礼拝である。今年度から日曜出勤を半分に減らした、礼拝から押し出さ ![]() 「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。」 (テモテへの手紙U 4章2節) |
(しみず ひろゆき) |
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諏訪 幸子 |
![]() 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」(ヨハネによる福音書3章16節)、「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」(同15章16節) 神様は私達の行いによるのではなく、ただ無償に、何の価値も見出せないような、ちっぽけな存在の私をも、あなたの存在それだけで、そのままのあなたを主は愛して下さっていると仰います。こんな恵みはありません。恵みに満たされ、涙が溢れるほどの喜びです。 それなのに、そんな恵みを頂いているにも関わらず、私の心はすぐにつまずき、迷い、悩み、落ち込み、固まって祈れなくなってしまう事さえあり、暗闇にいとも簡単に支配されてしまう弱さを持っています。 そんな私の心を支えてくれているのは、もがきつつもイエス様が共に歩んで下さっているという確信に立ち返らせてもらえる事と、「あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(コリントの信徒への手紙T 10章13節)というみ言葉をはじめ、聖書の言葉です。それでもなかなか前に進めない私ですが、それでもいいのだと、主が語り掛けてくれるような気がするのです。神様がみ言葉を通して私の心の重荷を共に担って下さる事に、ただただ感謝です。 そしてまたひとつ、恵みを頂きました。 ![]() み言葉を伝える大事な役目を頂きましたが、神様はまず、このみ言葉で私の心を愛と癒しで満たしてくれました。拙い信仰の私ですが、み言葉に支えられ、主と共に歩めます幸いを感謝して、これからも主の道を歩んでいかれますように。 |
(すわ さちこ) |
越谷教会月報みつばさ2019年9月号特集 「主の光の中で御言葉を聞く」より |
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