今月の特集題
  主の光に照らされて

礼拝から始まる生活




神様が整えてくださる
田口 則彰
 昨年から第一礼拝の当番の機会をいただき微力ながら越谷教会に奉仕出来ますこと、感謝いたします。献金をおささげした後のお祈りは、未だに緊張して、声が小さかったり、言葉につまってしまったりと、いたらない点が多々あります。お祈りが思ったように言葉に出来ず、後悔している時に、「良いお祈りでした」と言って下さったり、「こうした方が良いよ」とご指導いただいたり、兄弟姉妹の言葉は、私を導いて下さる神様の言葉の様に感じます。温かく見守ってくださる兄弟姉妹の皆様には、この場を借りましてお礼申し上げます。
 私は地元の自治会の役員をしておりまして、主に第一礼拝に出席している理由の一つです。また越谷教会に行き始めた頃は、子ども達が小さかったので、休みの日は出来るだけ、一緒に出掛けて思い出を作ってあげたいと思っていました。朝早めの時間に始まり、9時前には家に戻れる第一礼拝は、とても都合が良いのです。越谷教会よりも家から近い教会は、あるのですが、礼拝の時間が10時半からで、毎週出席したいと思っていた私には都合があいませんでした。神様との時間を最優先にすべきなら、礼拝の開始時間は気にしてはいけないのでしょうが、ネットで調べて、越谷教会の第一礼拝の時間が、私の都合にあっていたのは、神様が私の我儘にあわせて、私が礼拝に出席しやすい様に整えてくださったのだと思います。
 自治会の活動は、9時からがほとんどですが、役員の集合時間は、30分前なので礼拝後の参加では遅刻となってしまうのですが、前自治会長のご理解のお陰で、気兼ねなく礼拝に出席することが出来ました。残念ながら昨年、前会長はお亡くなりになり、その後は、集合時間に遅刻してしまうことを気にしておりました。しかし先日開催された自治会の総会に、清水泉姉が来賓としてご列席しており、その際に私に声をかけて下さったことがきっかけで、自治会の役員の方々に、自然な流れで、「清水さんとは、同じ教会に通っていて、私はクリスチャンです」と話すことが出来ました。遅刻してしまう理由も、「礼拝に出てから自治会の活動に参加しているので、遅刻してしまいます」と説明することが出来ました。これも神様が私の為に整えて下さったのだと思います。
 今後も一週間の生活が礼拝から始めることが出来るように、祈りたいと思います。


※清水泉さんは越谷市議会議員です。
(たぐち のりあき)


どこに場所が与えられても
碧木 愛子
 日曜日の朝は、まず母と娘を教会学校へ送る事から始まります。中学二年生になった娘は自転車で行くことが多くなりました。父は早めに礼拝堂に入りたいため、9時過ぎには家を出発します。私は家事を済ませてから礼拝に出席します。夫は高校のテニス部の顧問のため、日曜日に練習や試合があり、出席がなかなか出来ずに残念がっています。
 礼拝から始まらない生活はありませんでした。私はかなり気が小さく内気なため、母のお腹の中でも始まっていて、普段は心配になるほどお腹の中では動く気配がなかったそうですが、日曜日の礼拝に中村眞砂子先生の前奏が始まると、踊るように動きだし母を安心させたようです。教会が大好きで幼稚園から大人になるまでほとんど休むことなく礼拝に出席していました。伊豆大島の保育園、越谷に戻って来てからの福祉施設、幼稚園と、働く先々がキリスト教だったので、やはり礼拝から始まらない生活をした事がないようです。
 その理由は、教会学校がとても楽しかったからです。小学科では礼拝の時に須賀実先生や、薩摩雅宏先生が面白い話をいつでもしてくれましたので、礼拝を休む事なく続けられました。中学科になると夏に埼玉地区の中学生キャンプがあって、毎年越谷教会は参加していました。高校生になると埼玉地区のKKS(高校教会青年会)があって、中学の時に友達になった他教会の生徒達と一緒に過ごすのがとても楽しかったです。今でも連絡を取り合っています。いつでも礼拝に出席していたのはそうした事で日曜日になると自然に足が教会に向いてしまっていただけかもしれません。
 そうして毎週礼拝に出席していて思いがけない事もありました。私の中学生から高校生にかけて、従姉は我が家から大学に通いました。毎週日曜日に越谷教会の礼拝に出席しているうちに、二年目に受洗したいと母に言いだしました。しかし母は「だめ、教会の先生はお忙しいので、越谷教会の籍に入ってしまうとあなたが伊那坂下教会に帰った時に、籍の授受をしなければならない。大学を卒業してから伊那坂下教会で受洗しなさい」。私はそんな事を言って、従姉の気が変わったらどうするんだろうと思いました。
 従姉は母の言った通り、伊那に戻ってから受洗し、教会の月刊誌「群羊」に、「教会学校にも行っていなかった私が受洗したのは、従妹の愛子が日曜日ごとに、トーストを口にくわえたまま教会に向けて自転車で吹っ飛んで行くのを見て、そうだ私も教会に行こう、と思ったからです」と書いていました。現在従姉は学校に勤めていますが、唯一のCS教師として、また、ようやく始まった教会建築の委員として用いられています。
 どこに場所が与えられても、日曜日になると自然に足が向いてしまう。それが教会です。お腹の中にいる時、眞砂子先生のオルガンで胎動を始めたように、礼拝によって始めて動き出す私です。     
(あおき あいこ)

越谷教会月報みつばさ2019年6月号特集
「礼拝から始まる生活」より



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