今月の特集題
  主は生きておられる

主が共に





こんな場所からも花は咲く
小幡 正
 去年から草加と仙台とを行ったり来たりの繰り返しが続く。9月20日の越谷教会の主礼拝の説教では、イエスさまが死んで復活なさったことの意味を、新しい福音として教えていただけた。「さあ見なさい」と、主の葬られた空(から)の墓をさし示された私は、それ以前の私とは違うはず…。
 その「3日前」の9月17日、私は一人で泣いていた。あんなに泣きわめいたのは4年半ぶりか。テレビ中継を見て「こんなの日本じゃナイよ」「嫌だ!」「ダメだ!日本はコンナ国じゃナイ」などと声に出して泣いた。そして、このムチャクチャな参院委員会採決も日本の現実なのだと認識するにつれ、次のフレーズが私の心の領域を占領した。《日本の民主主義は死んだ》。
 法案の是非をここで論じるつもりはない。しかし、あの議決のやり方は賛成の人をも反対の人をも愚弄しているように思えて、私は失望してしまったのだ。失望にとらわれつつも、私の足は国会前へ向く。私と同じ言葉をプラカードに掲げる人に連帯感を感じながら、一人の若い人の掲げるプラカードに思わず足が止まった。
 ひとこと《日本の民主主義の始まり》と、くっきりと書かれたプラカード。見た瞬間から、まぶたに焼きついて離れない。
 イエスさまが十字架の上で死んで、墓に葬られ、そして復活なさったことは、初めて聞く話ではない。しかし、その「空(から)の墓」を「さあ見なさい」と示されることの意味の大きさについては、今回初めて心の目を開かされた気がする。そして今年で戦後70年。8月26日の夕刊の「『尊い犠牲の上に現在の平和がある』と談話は言う。しかし息子を失った私の祖母は、それを『尊い犠牲』ではなく、痛恨の思いで『無意味な死』と受け止めていた。沖縄が日米関係の『尊い犠牲』と言われてはならないように、戦争の死を『尊い犠牲』としてはならない」という、ある大学の総長のコラムは、読み返すごとに私の考えをさまざまな方向に向けさせる内容であり、またキリストを信じる私に多くの示唆を与えてくれる。
 私の両親も経験したあの戦争では、遺骨の代わりに石や紙切れが入った骨箱を渡された遺族もいたと聞く。そして、今も津波による行方不明者の捜索が続く中、遺骨のない墓に通う人の姿がある。また、東京電力福島第一原発の事故で避難指示が出されて「まだ生きていたかもしれないのに、見つけに来てもらえなかった人」や、「墓参りしたくても簡単には行けなくなった人」がいる。
 暗い雲と霧の真っただ中に、私たちは、なんと思いがけない福音を聴いたことだろう!ここで神が働かれるとは到底思えない絶望の場所を「さあ見なさい」と呼びかけられ、そこからしか生まれない大きな喜びの世界へと導かれるというのだ。
(おばた ただし)


激痛と妻への感謝
小林 利和
 先日、妻の提案で、シルバーウィークの最中に、越谷レイクタウンのスポーツオーソリティに出かけ、久々に買い物をしました。二人とも、草加市に移り住んで以来、健康のためスポーツジムに通っておりますが、妻は外反母趾の影響で自分の足に合う靴が見つからず、専門店で靴を探すのが目的でした。一方、私は10年以上、同じ靴を履き続けており、いよいよ買い替えのタイミングでもあり、妻の提案を受け入れました。また、私のスポーツウエアは古くて見すぼらしいとのこと。少しまともなウエアも買ってもらい、内心喜び、妻に感謝しておりました。
 さて、翌日は連休最終日。新調した靴とウエアを着てジムに出かけることを、楽しみにしていました。朝食を取り、家をでる直前まで、普段と変わらない状態でした。ところが、突然、脇腹から背中にかけ、冷や汗が出てくる激痛が走ったのです。最初は食あたりかと思い、トイレに行けば少し落ち着くだろうと思っていました。しかし、一向に痛みが治まりません。それどころか午後になったら七転八倒するような痛みに襲われ、居ても立ってもいられない状況となりました。これは虫垂炎だろうか。しかし、それであれば高熱が出るはず。熱はない。もしや・・・。
妻は買い物で外出中。あまりの痛さに救急車を呼ぼうと思いましたが、これぐらいで、救急隊の方にご迷惑をおかけすることも気が引け、とにかく妻の携帯に電話しました。
 妻からは、すぐ帰るから、とにかく市立病院に診察してもらえるか電話で確認しておくようにとの指示です。私は、藁にも縋る思いで、病院に電話しました。病院からは診察するからすぐに来るようにとの指示を受けました。妻が戻り次第、痛みをこらえ、妻の付き添いで病院に駆け込みました。診察結果は尿道に石が詰まった尿結石。ああやはり、という思いですが、悪い病気で無かったことは幸いであり、神様への感謝であります。
 この病気には特効薬がなく、とにかく痛みをコントロールしながら、石が自然に尿道から出て来ることを待つしかないとのこと。明日から会社なのに、この痛みで仕事ができるだろうか一抹の不安はありましたが、現実を直視するしかありません。
 座薬を処方してもらい、その晩は、痛みに耐えられずさっそく投薬。しばらくすると、効き目は絶大で、先ほどまでの痛みが嘘のように消えたのです、しかし、所詮は薬の効果。いつ、あの激痛が再発するかは覚悟せざるを得ません。
 この日は、妻は息子の下宿の準備を一日中手伝い、夕方買い物に行き、へとへと状態であったはずですが、私の診察に付き添ってくれ、励ましてくれた妻には頭があがりません。神様を信じ、歩んできた妻だからこそのやさしさであると思いました。
 私にとっては、神様に守られていることを信じ、日々の感謝を忘れずに生きていくことを改めて感じる出来事でした。
 そして、妻への感謝の気持ちを、このみつばさで捧げます。
(こばやし としかず)


越谷教会月報みつばさ2015年10月号特集
「主は生きておられる 主が共に」より



特 集