今月の特集題
  主は生きておられる

気づかなかった





礼拝準備をする奉仕者
清水 広幸
 あれは高2の9月だった。土曜日午後、所要で浅草教会の牧師館に立ち寄った。教会堂の中は薄暗く誰も居ないと思ったら園庭のドアが少しだけ開いていた。見ると麦藁帽を被り首にタオルを巻いた一人のご婦人が、園庭の隅にしゃがみ込んで草むしりをしていた。
 目が合って婦人は笑顔で言った。「明日の礼拝準備をしているのよ」「きれいな教会で豊かな礼拝が守られるようにと思ってね・・」と。教会礼拝に参加して間もない私はポカンと立ち尽くしていると、婦人は続けて「神様がきっと喜んでくださるわ!」明るく言い放って作業に戻って行った。 
 当時、私は聖学院の高校生で、聖書レポートを書く為に仕方なく教会礼拝に出席することもあった。教会は日曜日だけしか活動していないと思っていたからこの出来事は大きな衝撃だった。まさか日曜日午前中90分位の礼拝のために、前日から教会に来て準備をして下さる方がいるとは気付かなかった。その後、教会員の方々ができることを精いっぱい奉仕して教会を支えていることを知った。会堂掃除をし、椅子を整え、草をむしり、お花を活け、週報を印刷して週報ボックスに入れてくださる方の存在を・・・。
 自分自身が問われ悩み続けた高校生時代、他人と自分を比べることが多かったように思う。人からどう見られるかが気になり、どう評価されるのかが無意識の内に大きかった。しかしその日、婦人の行為を通じて「神様が喜んでくださるでしょう!」との一直線に神様に向けたその奉仕の姿勢は、他人と比較ばかりする「水平思考」から、私と神様との関係である「垂直思考」に気付かせてくださった。
 自分の想いよりも神様が中心になるその姿勢、教会礼拝に来る方の為に少しでも良い準備をしようと、誰も見ていない中で汗して準備するご婦人や奉仕者の姿は私の目に焼き付いている。その方はその後も自分が奉仕していることを自ら語らず「黙っていてね。いいの、私暇なんだから・・・」と笑い飛ばしていた。
 私はその出来事があって真剣に礼拝に出席するようになり、高3の12月クリスマス礼拝で林田秀彦牧師から洗礼を受けた。そして、婦人会や壮年会や青年仲間達と自分ができる礼拝奉仕の群れに加えて頂き訓練を受けたことは大きな恵みであった。
 時は流れ30年以上が経った。私もきっとその時のご婦人の年齢に近づいてきたようだ。生き生きと謙遜に、神様と教会に仕える信仰者で在りたいと願っている。
(しみず ひろゆき)


ひとりよりふたり
土屋 恵子
 今年の5月連休を利用して、35年来の友人の住む島根県隠岐西ノ島町(人口3千人)へ行って来ました。
 朝早く羽田を発ってフェリーに乗り継いで夕方着きました。一人きりで遠くまで出かけたのは初めてでした。隠岐は平成25年に隠岐ジオパークは世界に認定されました。ジオパークとは優れた大地の遺産と美しい自然景観、様々な文化を含めた人々の営みを体験できる場所「大地の公園」とも言われているそうです。朝はカッコウが啼き、散歩しているとキジに会い、車で移動していると牛や馬が放牧されている光景、そして広大な海と空、自然の豊かさが、心を癒してくれました。夕日が、一つの岩の上にろうそくの火のようになる様子をみた時「わたしの心は喜び、魂は踊ります。からだは安心して憩います。」(詩編一六・九)と神様に祈りました。美しさに涙が止まりませんでした。友人は「誰もいないから声を出して泣きなさい」と声をかけてくれました。
 昨年の秋に持続的に右腕のしびれと顔面のけいれんが起こり受診したところ、2週間は仕事も休みなさい、家事も制限するように、とにかく何もしないで静養とのことでした。突然のことで、驚いたのですが、過度のストレスが体の変化や顔色にも出ているとの診断でした。今も通院中ですが、私自身は何も変わらない、いつも笑顔でいられるから年齢的に体のメンテナンスは必要だと思い検査は受けていたのですが、気持ちこそ大丈夫!!と思っていたのでした。友人はわかっていました。気づかなかったのは私自身だったのです。
 友人も西ノ島のキリスト教保育園で25年勤務して今年退職しました。洗礼は受けていませんが、聖書を読み、賛美し祈りを持った生活を子どもたちと過ごしたことは今も力になっていると聞かせてくれました。
 遠いところで、「やさしいめが」のさんびかをうたい、一緒に主の祈りをもって祈れたことは本当に幸いな一夜でした。神様ここにいて下さっているのですか。とつぶやいてしまいました。
 友人の家で過ごした4日間が本当に心身和らいで顔のけいれんもありませんでした。
コンビニも大きなショッピングモールもありませんが、豊かな自然の素晴らしさが生きる力を育んでいるようです。わたしも、自然にそしてそよ風のように柔和に生きていけたら、あと二分の一の人生も元気に過ごしていけそうです。そして、教会において私にも奉仕させていただくことの喜びを与えられていて、本当に感謝しています。
 気づかなかったことが見えたりわかったり皆様と交わる中で微力ながら今後もよろしくお願いします。 
(つちや けいこ)


越谷教会月報みつばさ2015年9月号特集
「主は生きておられる 気づかなかった」より



特 集