今月の特集題 復活の光に照らされて
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高橋 和美 |
![]() そんなおり父が病に倒れました。その上兄の転勤が決まり、私と母は途方に暮れてしまいました。子ども達にかまってやることもできなくなりました。実家に泊まることも当たり前になってしまいました。いろいろ手伝ってくれる子ども達をせめて教会学校に通わせたい。そんな願いがかなって豊島が丘教会(実家の近くの教会)へと通うようになったのです。そして会堂建築という大きな出来事に遭遇しました。工事中は別の教会を借りて時間外で礼拝をもちました。そのおかげで父の昼寝の時間に教会に出かけることができました。神様は時にステキな計画をするものだと感動しました。 そんな時子ども達に旧会堂を壊すところから新しい会堂が完成するまで、同じ場所から写真を撮ることを提案しました。少しずつ教会ができていく。少しずつが確実になることを子ども達に確信してほしかったのです。介護に通う母に付き合わなければならない子ども達に真っ直ぐ育って欲しい。母の切なる願いでした。会堂が壊されて瓦礫の山になったときは涙がこぼれました。その頃の自分の心のようにも思いました。「神様は背負えない荷物は背負わせない」「私に背負えると思っているんだ」と…。何度も自分に言い聞かせながら、毎週写真を撮りました。アルバムがいっぱいになった頃、会堂は完成しました。私の心も豊かになっていました。礼拝の後も、ともえ姉(牧師のお嬢さん)のピアノでたくさん讃美歌を歌いました。そして洗礼を受けました。 ![]() 「復活の光に照らされて」という内容で原稿を依頼されましたが、とても難しく、震災のニュースで瓦礫の山を見るたびに思い出していたことを書かせていただきました。復活の光に照らされているのは今の私自身です。「すべてのわざには、時がある」よんちゃん(豊島が丘教会前牧師)の声が聞こえたような気がしました。 |
(たかはし かずみ) |
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福田 健一 |
昨年3月11日、論文の資料収集のため日本に一時帰国していた。午後に発生した東日本大震災、テレビには人、そして町が津波にのみ込まれていく絶望的な様子が映し出され、そ![]() 東日本大震災、小林村の悲劇などの悲惨な自然災害を目にする度に人間がいかに小さな存在で無力かを痛感します。しかし、災害後の人々の懸命な復旧活動を目にすると人間の強さ・優しさを感じられずにはいられません。 2月下旬、私は石橋先生の通訳として台湾・嘉義の真理大学で行われる日本基督教団と台湾長老教会との会議に出席する機会に恵まれました。議題は東日本大震災後の日本の教会の復興支援の取り組み、8・8水害後の台湾長老教会の復興支援の取り組みに関するもので、活発な質疑応答、意見交換、そして被災地の視察など多くの見聞を得ることができました。8・8水害では特に先住民(中国語「原住民」)の人々が暮らす高地が大きな被害を受け、彼らは泣く泣く先祖代々の土地を捨て平地での生活を余儀なくされています。彼らは独自の言語、文化を持っていますが、台湾社会ではマイノリティな存在です。彼らの伝統、文化、生活スタイルを尊重しながらどのように支援していくか・・・台湾長老教会のきめ細かい支援活動に感銘を受けました。一人一人が神様に愛された存在であり、神様によって与えられた彼らのアイデンティティをどのように尊重していくか・・・その意識を強く感じました。 ![]() |
(ふくだ けんいち) |
越谷教会月報みつばさ2012年4月号特集「復活の光に照らされて」より |
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