今月の特集題 行け。わたしがあなたを遣わす
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佐藤 祐子 |
![]() 私にはあとどれ位の時が与えられているのだろうと、50歳で逝った弟を思う時、考えてしまう。だからその時やらなくてはならない事をできるだけその時にやろう!あれがないと〜これが終えたら〜後でと思っているうちに忘れてしまう。先伸ばしした分だけ良い仕事ができるかと言うと、そうでもない。その時すましてしまえば気持ちが良い!といい事ばかり浮かぶがなかなか実行できない現実・・・である。 神さまは私たちをそれぞれのタラントに合った場で御用に用いて下さる。大きな業に、人を動かす場に、人を支える業にと、様々な役割りや働きがお互いに支え合って毎日が成り立っている。 私が神さまに「行け」と言われているのは、遠く離れた場所でも、新しい場所でもない。今を過ごしている日常に「行け」と遣わされている。車いすの母の所に、自立した子どもの所に、夫婦だけになった家庭に、柔らかな心の子どもたちが集まる幼稚園に、ご近所のお付き合 ![]() それでも神さまはまた用いて下さる。たくさん縁かけた、ひびも入った土の器に、その日その時をすごすに十分な愛と恵みと希望とをなみなみと注ぎ「行け」と押し出して下さる。途中でこぼしてしまったり、漏れ出てしまって全部の恵みを使っていなくても、また「わたしがあなたを遣わす」と言って下さる。この時を感謝して、ひと時ひと時を大切に歩む者になりたいと願う。 与えられた場所で託された御用を精いっぱい成す者でありたいと願う―願いたい―できるかな〜お祈り下さい!! |
(さとう ゆうこ) |
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薩摩 愛樹 |
今私は、教会関連の福祉施設で働いています。毎日忙しいですが、楽しくやっています。今こうして働いていられるのは、神様に遣わされているのだと感じています。 ![]() 私は何度も苦労を重ねて行くにつれて、これは、神様が私に課した試練なのだ。神様が私をお遣わしになるのに対し、苦難を乗り越えなさいと言われているのだと、考えるようになりました。このように考えるようになってからは、神様は私を成長させて下さっているのだから、苦労や苦難から目をそらすのではなく、むしろ感謝するべきではないかと考えました。それからは、苦労・苦難を乗り越えるのを神様は信じて下さっているのだから、頑張らなくてはいけない。それが私の出来る事であるからだと考えました。 その後大学1年生の時に、教会学校の教師にならないかと話がありました。その時私は悩みました。今まで生徒として神様の事を学んで来たとはいえ、いきなり教える立場に立って良いのだろうか。私みたいな者が教師になるべきなのか毎日考えました。そして、神様にお祈りをして、自分がどうすべきかを尋ねてみました。その時私には「悩まずに思った通りにしなさい」と言われたと感じ、教会学校の教師として神様に遣わされました。それからは毎週楽しく教会学校へ行き、多くの子ども達と共に神様について学んで行き、多くの笑顔を見る事が出来ました。 それから数年後、私は就職で悩んでいました。就職しても教会学校の教師は続けて行き ![]() これからも神様から遣わされた仕事である事を忘れずに、神様に感謝しながら仕事に励んで行きたいと思います。 |
(さつま あいき) |
越谷教会月報みつばさ2011年11月号特集「わたしがあなたを遣わす」より |
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