今月の特集題 奈落の底から神の業を見る
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薩摩 牧子 |
それはまだ寒い、2月の学校での事でした。当時中学2年生だった私は、放課後上履きを下駄箱にしまい、靴を持って渡り廊下を歩いていました。すると突然左足の裏にチクッとした![]() 1カ月後レントゲンを撮り、足の裏に針が刺さっていた事がやっと分かったのです。1カ月間動かなかった針だったのでまだ大丈夫だろうと、春休みを待って手術をする事になりました。その数日間、私は不安で一杯でした。臆病な私は手術が怖くて怖くて…。そんな時私の心に響いて来たのが、ガラテヤの信徒への手紙2章19〜20節「わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。」(口語訳)の御言葉でした。(この御言葉は私の家のトイレに貼ってあったので、毎日無意識のうちに読んでいたのです)「フーン生きているのは私じゃないんだ。じゃあ手術を受けるのは私じゃなくてイエス様だね。じゃあ安心だね」と自分なりに解釈し、ホッ ![]() この事がきっかけとなり、私は2カ月後のペンテコステに洗礼を受けたのです。 神様のなさる事は分かりません。針が刺さっていた日々は、心も身体も痛くて辛かったけれど、でもその事があったから洗礼を受ける決心がついたんだし。やっぱりこれも神様の恵みだったのかなぁと、今思います。 あれからウン十年。未だに神様におんぶに抱っこで、しがみついている様な私ですが、いつの日かニッコリ笑顔で神様にお会い出来るのを楽しみに、生活して行きたいと思います。 |
(さつま まきこ) |
越谷教会月報みつばさ2011年10月号特集「奈落の底から神の業を見る」より |
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